僕は師に恵まれています。
今でもハッキリと覚えている、小学二年生の時の担任、奈良先生。
ある日生徒たちがうるさく、先生の話を聞いていませんでした。
その時先生は大きな声で、『いいか!僕はえこひいきをする先生です』と言いだしました。
当然みんな『えっ!?』となり、先生の話に注目します。
すると先生は続けて『もし授業中に、鈴木(僕の事)が大きな声を出したら、僕は怒る。
みんな笑っていました。
『でも、早川(クラスで一番静かな生徒)が大きな声を出したら、僕は褒める、みんな同じじゃないんだよ、わかったな!鈴木!』と再びみんなの笑いを誘って授業は始まりました。
早川は真っ赤な顔をしていたが、少し嬉しそうだった。
『人にはそれぞれ個性というものがあって、みんな違うんだよ』と先生は言う。
子供ながらに『イイ事言うな〜』と思いましたね。
算数の時、『鈴木はお金か食べ物で計算した方がわかりやすいんじゃないか?』など、今ではディスりにも近い事を言われましたが、僕はその先生が大好きでした。
その先生はタバコを吸う人なんですが、ある日タバコにマジックで何本か線を書いて、『ここまでが税金、ここからがやっとタバコのお金、だから僕は最後まで吸うんだ』と皮肉まじりに税金のことを教えてくれました。
小学校の担任の先生はオルガンで音楽の授業をやりますが、その先生は『できるかな』のノッポさんのような帽子を被り、ギターを弾きながらジョークまじりに授業をやる、とても人気のある先生でした。
ダンスの先生
14才の時、父親に連れられて行ったダンススタジオ。
ドアには『星野隆ジャズバエレ教室』の文字。
ジャズバレエ??
出て来た先生は、髭をはやしたおっかない顔をしたおじさんでした。
即帰りたくなったが、そういうわけにもいかず、とりあえず中に入る。
そして先生がかけた音楽が、Earth, Wind & Fireでした。
初めて聞くファンクな音楽に一発でやられました。
その曲で先生は、腰を振りながらゆっくりと歩き出す。
前に行ったり後ろに下がったり。
その姿がカッコよくて、一発でダンスが好きになりました。
もし違う先生だったら、今の僕はいないと思います。
星野先生には4年間お世話になりました。
その後ディズニーランドでダンサーとして働き、19才で僕はダンサーを辞めることになります。
そして、20才で振付師になりました。
僕は今でもEarth, Wind & Fireが大好きです。
うちのイベントで僕が舞台に出る時、かならずかける曲『ブギーワンダーランド』
それは、僕が初めてダンス教室に行った日、星野先生がかけてくれた思い出の曲なんです。
人生の師
常に僕の事を心配し、何かあれば正しい道へのヒントをくれる人生の師、それは父親です。
ラテンミュージシャンだった父親は、いつも家でギターを弾いていました。
子供の頃、男は大人になると髭をはやしてギターを弾くものだと勘違いしていました。
なので、友達のお父さんを見て、『なんでお前のお父さんは髭がはえてないんだ?』と聞いたほどです。
物心ついた時から音楽に触れ、西城秀樹さんに憧れた時から、歌手になる事を夢見ていました。
父親がいなかったらダンスに関わっておらず、今の僕はありません。
父親が連れてきた、少し変わったヘアメイクさん。
のちに、うちの事務所には無くてはならない人になります。
その人のアシスタントをしていたのが、僕の奥さんです。
何かが少しずれていれば、人生は全く違ったものになっていたでしょう。
僕は師に恵まれています。
それに気づいた事も、ラッキーでしたね。
昨日テレビ観ました。秀樹さんのヤングマンの事ありがとうございました。
しかし、振り付けはファンの事を思って変更しています。
ノリとか、いう事聞かなかった訳じゃありません。知ってて下さいね。
一宮はじめ先生が言われてた番組貼り付けます。
https://twitter.com/masakasakasama6/status/1487387791784693763?s=21
そうでしたね!
失礼しましたm(_ _)m
この番組は見ていました。
一宮先生は僕の恩師でもあります。