ブログ

パパイヤ式子育てとは?

投稿日:2020年5月2日 更新日:

ズバリ!

女の子はハイジ、男の子はターザン!

想像力豊かな自然児で自由人!

これにつきますね!

どういうことかというと、僕自身が田舎育ちで、学校から帰ってきたら、玄関にランドセルを投げ込んで『行ってきま〜す!』と出かけたら、暗くなるまで帰って来ず、やっと帰ってきたら泥だらけ。

で、オカンに怒られながらお風呂に入って、ご飯を食べて、電池が切れたら寝る。。

毎日がこんな感じでした。

とにかく勉強が嫌いで、学校は友達に会いに行くところ!という感じでした。

それは高校生になってもまったく変わっておらず、毎日のように学校に遊びに行っていました。

少し話が脱線しますが、

僕が通っていた高校は定時制(夜間学校)だったので、いろんな人がいて楽しかったですよ!

僕の先輩で、先生より年上の会社の社長がいて、あだ名は「社長!』

先生も、その人を呼ぶときは『社長!』と呼んでいました(^^)

17時30分登校、21時下校。

18時15分から食堂がオープン。

定食にうどん。

美味しかったな〜

みんなでワイワイしながらご飯を食べて。

楽しかったな〜

そう言う思い出しかありません( ̄▽ ̄)

芸能人が

多く通っていることでも有名だった我が母校。

同級生には、少年隊、シブがき隊、石川秀美、三田寛子、中村あゆみ、プリプリ奥居香、そして、おやじダンサーズパパイヤ鈴木、などなど。

50人くらいの教室にしては、かなりの芸能人密度ですよね(^^)

先輩にも後輩にも芸能関係の人は多かったです。

いまお仕事で会うと、なんか変な感じになりますよね。

もうすっかりおじさんなのに、話し方は高校生みたいな。

俳優の宇梶剛士さんは、高校の先輩です。

お仕事で何度も一緒になりましたが、年上というより先輩。

先輩が言うことには、『押忍!』と答えます。

先輩は『ひろし!(僕の本名)高校生じゃないんだからよ!』と言いながら、腹にパンチをいれてきます。

それが妙に嬉しいんですよね(^^)

話がそれすぎました^^;

結婚したとき、子供が産まれたら的な話を奥さんとした事があります。

先に話したハイジとターザン、奥さんの考え方も一緒でした。

実は僕の奥さん、僕よりも田舎育ちのハイジでした(^^)

海の近くで自由に育った奥さん、健康的で元気な人です。

娘もこうなってほしい。

本当にそう思えます。

子育てに教科書はありませんが、経験はあります。

それは子供を育てた経験ではなく、自分が育ってきた経験です。

正解ではないかもしれないけど、間違いだとは思っていません。

なぜなら、僕はいま幸せだからです。

お金があっても無くても、幸せならそれでいいと思います。

僕が子供の頃、うちは裕福ではありませんでした。

でも、毎日が楽しかった。

お金がなくてもアイデアがありました。

足りないものがあったら、自分で足せる人になってほしい。

そうやって、毎日を楽しく生きてほしい。

心からそう思っています。

前にコラムを書いたことがありました。

うちの子がまだ小さい時のものですが、よかったら読んでみて下さい。

関連記事でいくつか出てきますので、リンクを貼っておきます。

パパイヤ鈴木の子育て日記

うちのハイジとターザンは、大学生と高校生になりました。

毎日楽しいかな?

幸せなのかな?

僕たちの子育ては間違ってかなったのかな?

時々、そんなことを考えるんですよね。

沖縄に住んでいた頃、近所の海で

-ブログ

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。

関連記事

最後に親と手を繋いだのはいつですか?

僕の母親は21年前に他界しています。 病院で看取る時、母親の手を握りました。 普段なら恥ずかしくて手なんか繋げませんが、『これが最後』だと思うと、そんな事は微塵も感じませんでしたね。 暖かかった母親の …

思った事が言えない!

僕は人見知りで、初めて会う人とちゃんと話が出来ませんでした。 その原因は、『僕がこう言ったら、相手はどう思うだろう?』と考えてしまうからです。 何故そんな事を考えてしまうのか? それは、『嫌われたくな …

振付師というお仕事!

僕が振付師になったのは、20才の時でした。 今までたくさんの曲に振りをつけてきました。 そんな僕が初めて振付したのが、松田聖子さんの『上海倶楽部』という曲。 もちろん、松田聖子さん本人に振付けしたので …

信号機のルール!

1868年、ロンドンで世界初の信号機が誕生しました。 馬車の交通整理の為に作られたそうです。 そして、日本で初めて信号機が設置されたのは、1930年、東京の日比谷交差点だと言われています。 信号機のル …

初めての海外!

僕が子供の頃、外国はかなり遠い場所でした。 とくにアメリカ。 ダンスに関わっていると、やっぱりアメリカに憧れがあって、死ぬまでに1度は行ってみたいと思っていました。 そんな僕が初めてアメリカに行ったの …