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一人で暮らしと時間とお金!

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僕は16才の時、実家を離れ一人暮らしをしていました。

昼はダンスのレッスン、夜は高校に通い、学校が終わったあとはバンドボーイとして働いていました。

【バンドボーイ】バンドなどの荷物持ちや機材運びをする人の事で、略して『バンボ』と呼ばれていました。今ではローディーと呼ばれています。

大変でしたが、とても充実していました。

初めて料理をしたのもその頃です。

料理といってもカンタンなモノしか作れず、ご飯を炊いて卵をかけて食べる、『TKG』がほとんどでした^^;

当時は食への興味がそれほど無く、『お腹が一杯になればそれでいい』くらいにしか思っていなく、それよりも時間の方が大切で、一日が24時間では足りないくらいでした。

その中でも一番重要なのが『睡眠時間』で、何時間眠れるのかを、いつも考えていました。

よく寝てよく食べしっかり働く、16才にしてはよく出来た方だと、当時の自分を褒めてあげたいものですね(^^)

働く少年!

学校は『友達を作る場所』と割り切っていたため、勉強はほとんどせず、ずっと働いていました。

『お金が欲しい』というより、働く事でわかる『仕組み』に興味がありました。

『お金を出す人』と『お金を貰う人』に分かれていて、その間にもいくつかの『工程』があり、そこにも『マージン』というお金が発生している事。

自分が今、どこの位置にいるのか?

最終的に、どの位置を目指すのか?

そういう勉強は当時の学校では教えてもらえなかったので、実戦で知恵をつけていくしかありませんでした。

そして一番大切なのが『時間の使い方』だと気づきました。

効率よく『こなして』いかなければ時間はますます足りなくなり、睡眠時間が削られていってしまいます。

8〜9時間の睡眠時間を死守するためには、『優先順位』を決める事が大切です。

何が一番大切なのか?

単純な事ですが、意外とわからなくなってしまうんです。

しばらく格闘して、『あっ、これは今じゃなくていい!』と気づき、いったん放置。

カンタンに言えば、『掃除をしてからご飯を炊く』のではなく、『ご飯を炊いてる間に掃除』の方が効率的ですよね?

そういう感じです。

朝起きたらまずご飯を炊く、その間に掃除と出かける準備。

ご飯を食べたら洗い物をして、家を出る。

これを30分以外で。

すると、ご飯を炊く時間が足りないから、前日に炊いたご飯をチンした方が早くできる、と気づくわけです。

で、前日の晩ご飯を少し多めに炊くようになり、もう少し『時短』が出来ないか考えるんです。

すべては、睡眠時間のため。

それほど当時はよくて寝ていたんですね。

年の数だけ稼げ!

『自分の年齢と同じだけ稼げばいい』

『それより少なければ、もう少し頑張ればいい』

『それより多ければ、少し贅沢すればいい』

そう聞いた事があります。

16才だから16万円。

当時はそんなに貰っていなかったので、頑張りましたよ。

『給料の1/3が家賃の目安』とも聞きました。

16万円だから、約5万円。

う〜ん、そのくらいだったのかな?

いろんなバランスってあるんですね。

そのバランスが崩れていれば、平均に持っていく努力が必要になります。

当時の僕は、それが『頑張れる元』でした。

何も分からずに『どのくらい頑張ればいいのか?』だと、ゴールが見えませんよね?

自分で決めたゴールに向かって一心不乱に頑張った16才の少年は、現在54才。

まだまだ頑張りますよ!

『体重と同じだけ稼げ!』と言われるとキツいですね(110kg)

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